I love single.

シンプルであること。シングルスピードバイクの魅力を一言で語るならこれにつきる。

しかし、シンプルという意味は、人それぞれ捉え方が異なるようだ。

ニューヨークのメッセンジャーは、「変速機のトラブルによる配達時間の遅延や、修理をする金を節約するためにシングルを選んだ」と語る。ユタ州スリックロックでマウンテンバイクガイドを務める男は、「機械に頼らず己の強さを磨くため。変速機メーカーに踊らされるなんてごめんさ」と。さらに、「おれの生き方そのもの。流行で乗っているわけじゃない」と、ミネアポリスでシングルバイク開発に従事する男は力強く話した。

多くのシングル乗りと話すうちに、シンプルの意味が、じつはシンプルではないと感じた。しかし、変速機付きのロードバイクからシングルバイクに乗り換えると、そこに明確な答があった。

足の回転に合わせ、数秒に一度、指先を動かし、耳で変速の音を確認する。変速機付きのロードバイクは、走行中、至極あたり前の行為として、絶えずそんな作業を繰り返す。すると本人すら気付かないうちに、風景を感じたり、考える余裕が、そっと奪い取られているのだ。

たかだか変速という、ひとつの作業から開放されただけで、人の感性は驚くほど豊かに、そして、敏感になることを学んだ。ただシングルバイクで走るだけで、目に入るものすべてが脳を直撃するように変化する。たとえば、「このカフェの料理は美味しそう」とか、「あのTシャツかっこいい」とか。もちろん、人それぞれにセンサーは違うから、入力される情報の種類も質も異なるだろう。シンプルなのに、答がシンプルではないのは、皆がそれぞれに感じる世界観が違うからにすぎない。

しかし本質は変わらない。シングルバイクに乗る行為は、今、ここを走る自分が「自由に感じることがきできる」ってことを意味する。

その気になれば30段変速だって容易に手に入れられる時代。軽く強いカーボンファイバーのフレームだって買い手市場だ。ただそこをあえて外し、その気になれば生涯付き合えるシンプルな自転車を選ぶこと。それは、もはやただの自転車選びではなく、社会を違った目線でみるという、行為の第一歩である。資本主義とはなんなのか、エコロジーの本質とはなにか? ただ景色を眺めてのんびり走っているだけで、社会の裏側や本音までが垣間見えてしまう。シングルバイクは、ある意味危険な道具なのかもしれない。

I love singlespeed bike.

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